ヒガシ美樹が行くインドデトックスの旅

2月9日から3月10日までの1か月間、パンチャカルマを受けながらリシケシを堪能するリアルタイムダイアリー

インド・デトックスの旅その1

2月9日、スペシャルディに雪の東京から旅立ちました。

飛ぶかな?飛ばないんじゃないかな?

飛ばなかったら、もう行かなくていいや。くらいの気持ちでいましたが、、、

何の問題も無く飛んでしまいました。

 

長いフライト時間、成田から赤ワインを飲んでいました。

お陰様で座席ついたらすぐ寝てしまい、いつ飛びだったのかさえもわかりません。

 

9時間半、、、本当に長い。

エコノミーはキツイ。

エコノミー症候群とはよく言ったもので、

赤ワインを成田で2杯、機内で3杯飲んだせいか、

パンパンにむくみ、ひどい人相です。

 

やっとデリーに着き、

入国の審査をするとき。どうしたらいいのかわからない

日本人は日本人と固まります。

一番、インドを旅慣れてるようなお姉さん2人組みに、

みんなゾロゾロ着いていきます。

 

私、気が付きました。

私のビザと皆のビザが違うことに、、、、。

 

皆さんのビザはパスポートに綺麗に貼られてます。

私のビザはプリントアウトしたA4の紙です。

 

何かが違うような気がする、、、

私は「日本人の塊(かたまり)」から出なきゃいけないような気がする、、、。

 

アッチコッチを周りながら指導?している空港スタッフが通った時、

私は手持ちのA4の紙をチラッと見せると、、、

 

「なんだ。オマエはEービザじゃないか、ここじゃねーよ」

ボビーオレゴンのインド版のようなこの男に、摘まみだされました。

 

アッチだ、コッチだをたらい回しにされる事、3回。

私が自分のスーツケースを9番のターンテーブルに取りにいくときは

もう、他の便の人たちのが周っていました、、、。

 

日本人の姿はありません。

呆然と立ち尽くしていたら、ホリの深いインド版ヴィンセント・ギャロが寄って来て

 

「オマエはANAか?」と聞いてくる。

 

「YES!アイム アナ!」と言う。

 

つまり、この程度の英語力なのだ。

私の荷物はまだ受け取っていないANAの荷物として、

カートに積まれていた。まだ7個くらいある。

きっと私と同じように、たらい回しにされているであろう同胞がいると言うことだ。

 

 

ホッとする間もなく、悲劇は続く。

やっとの思いで受け取ったスーツケースと出口に向かう。

6番ゲートにお迎えのタクシーが看板と共にいるはずなんだけど、

見当たらない。

見落としたかもしれないので、もう一度周る。

いない。もう一度周る。

 

あまりに遅いから外に出てしまったかもしれない。

 

私は空港の外に出てしまった。

 

もう一度ツアーの紙を読み込んでみるが

「ターミナル内 6番ゲート」と書いてある。

 

やっぱりターミナル内なのだった、、、。

急いで戻ろうとしたら、モハメドアリのような軍人が凄い剣幕で

「ノーノーノーノー!」とやってくる。

外に出てしまったら、2度と中には戻れないとの事。

 

オーマイガー!。アタシは呆然と立ち尽くした。

現地時間1時チョイ、日本時間朝方5時前くらい。

寒い、しゃべれない、伝えれない、ポケトークが起動しない、

どうしたらいいのだ。考えろ!

 

つづく

 

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機内の中で見た昆明という町